仙台地方裁判所気仙沼支部 昭和60年(ワ)34号 判決 1990年10月04日
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告の請求の趣旨
1. 原告と被告らとの間において、別紙遺言書目録記載の遺言書による亡齋藤景雄の遺言が無効であることを確認する。
2. 訴訟費用は被告らの負担とする。
二、原告の請求原因
1. 訴外齋藤景雄(以下「亡景雄」という。)は、昭和五八年一二月一〇日死亡し、原告及び被告らが相続人となった。
亡景雄と亡齋藤イチノの子が原告、被告鈴木好子及び同小野寺知恵子であり、亡景雄の後妻が被告齋藤ケシ(以下「被告ケシ」という。)であり、亡景雄と被告ケシの子が被告齋藤和二郎、同齋藤善三郎(以下「被告善三郎」という。)、同齋藤善實、佐藤娃子及び同齋藤良子(以下「被告良子」という。)であり、亡景雄と被告ケシの養子が被告齋藤清重(以下「被告清重」という。)である。
2. 仙台家庭裁判所気仙沼支部昭和五九年家第三号遺言書検認事件にかかる昭和五六年八月三〇日付の別紙遺言書目録記載の遺言書(以下「本件遺言書」という。)が存在する。
3. そして、被告らは原告に対し、本件遺言書による亡景雄の遺言(以下「本件遺言」という。)が有効であると主張している。
4. しかしながら本件遺言は、次の理由により無効である。
(1) 本件遺言書は、その全文が亡景雄により自書されたものではなく、自筆証書遺言の法定要件である「全文について自書」の要件が欠けており、本件遺言は、無効である。
すなわち、本件遺言書の一枚目と二枚目及び三枚目は同一人の筆跡ではなく、同一人によって記載されたものではない。
(2) 本件遺言書三枚目は、カーボン紙による複写であるが、複写はいわゆる自書にあたらず、自筆証書遺言の法定要件である「自書」の要件が欠けており、本件遺言は、無効である。
(3) 仮に本件遺言書の全文が亡景雄の自書であったとしても、本件遺言は、民法九七五条の共同遺言にあたり、無効である。
すなわち、本件遺言書は、各葉毎に割印した一通の遺言書であるが、その一枚目には遺言書なる文言及び遺言者として亡景雄名義の署名押印、四枚目には遺言書なる文言及び遺言者として被告ケシ名義の署名押印があり、遺言が右両者によってなされた形式をとっており、また、被告ケシ名義の遺言の内容は、亡景雄が被告ケシに贈与した宅地並びに亡景雄が所有する建物の敷地である宅地を被告ケシが死亡したときに被告良子に贈与するという景雄の意思を含ませているから、形式及び内容ともに共同遺言となっている。
三、請求原因に対する被告らの認否(被告鈴木及び同小野寺を除く)
1. 請求原因1ないし3の事実は認める。
2. 請求原因4(1)の事実は否認する。
本件遺言書は、亡景雄によって全文自書されたものである。
亡景雄が生前書いた字を調べてみるとこれが同一人の字かと思われる程、例えば同人が書いた齋藤家の事跡ともいうべき書類(乙第一号証)や家業であった樽屋の取引のために振出した手形(乙第二号証)のように、その筆跡の形は実に様々であり、原告提出の鑑定書(甲第二〇号証)が、亡景雄が原告に宛てた手紙(甲第二一号証の五)の筆跡のみをもって本件遺言書と比較しても必ずしも妥当とはいいがたい。例えば、右乙第一号証の二七、二九の「清重」の筆跡と本件遺言書二枚目の「清重」の筆跡は、同じであることは明白である。また、乙第一号証の二七、二九の「良子」の筆跡と本件遺言書一枚目及び三枚目の「良子」の筆跡は、同じであることは明白である。
3. 請求原因4(2)の事実は否認する。
仮に、本件遺言書三枚目がカーボン紙による複写であるとしても、「自書」については記載される材料、記載する方法手段は特に制限はなく、カーボン紙による複写は、タイプライター、電子コピーなどの複写版と異なり、本人の真意に基づくものかどうかの判定は容易であり、加除変更の危険は少ないから、「自書」として有効である。
4. 請求原因4(3)の事実は否認する。
本件遺言書は、形式的には一通の自筆証書に亡景雄及び被告ケシ名義の署名押印があって、二つの遺言がなされた形となっているが、亡景雄は、本件遺言については被告ケシと一切話し合ったことがなく、本件遺言書の全文、日付、氏名のすべてを自書し、自ら押印し、一人ですべて作成したものであるし、被告ケシは、亡景雄が本件遺言書を作成したことを同人の死後まで知らなかったのであるから、本件遺言は、実質的にみると亡景雄の単独の遺言であるし、遺言の内容も、被告ケシが同人所有の土地を処分したり、遺言を撤回したりすると、亡景雄の遺言はなかったであろうとの関係、すなわち、一方の遺言が他方の遺言によって効力が左右される関係にはなっておらず、共同遺言の禁止の法意に触れることはなく、単独の遺言として有効である。
四、証拠<略>
理由
一、亡景雄と原告及び被告らとの関係、本件遺言書(乙第三号証)の存在等並びに本件遺言の効力についての争いの存在に関する請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない(被告鈴木及び同小野寺については、弁論の全趣旨によりこれを認める。)。
二、本件遺言の効力について
1. 本件遺言書は、自筆証書であるか否かについて検討する。
(1) 本件遺言書の一枚目と二枚目及び三枚目のそれぞれの筆跡を比較対照すると、その配字形態(文字間の大小、間隔、行や文字の傾斜)や字画構成(字画の位置、傾斜、曲直、比率)が一見類似しているし、個々の同一字画の字画構成や筆勢、運筆などの点をみても偶然とは思われない共通した個性が多くみられ、例えば、「気、仙、沼、市、字、岩、月、台、沢、斉、清、重、良」の各文字をみると(「台」「沢」「清」「重」の各字は、一枚目及び二枚目に、「良」の字は、一枚目及び三枚目に、他の各字は、一枚目ないし三枚目に共通して記載されている。)、顕著にあるいは良く共通している点がみられる。(乙第三号証及び鑑定の結果)
(2) 本件遺言書一枚目が亡景雄の自書であることは、原告も、「一枚目は全部父が書いたと思います。」と供述しており、ほとんどの相続人の認識がほぼ一致している。(原告、被告ケシ及び被告善三郎各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨)
(3) 亡景雄からの原告宛ての郵便はがき二通(甲第二一号証の五、六)の宛名の住所、氏名の記載は、亡景雄の自書であるが(原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)、これらと本件遺言書のそれぞれの筆跡を比較対照すると、同一字画の「仙、台、市、斉、藤、子、番」の各字において字画、構成、筆勢、運筆などに多くの共通性がみられ、特に「斉」の字における右共通性は、顕著である。(甲第二一号証の五、六、乙第三号証及び鑑定の結果)
(4) 齋藤家の事跡(乙第一号証の一ないし四〇)の全文、約束手形(乙第二号証の一ないし一三)の亡景雄の住所、氏名、貯金払戻請求書(甲第二一号証の一ないし三)の亡景雄の氏名、昭和四八年四月一日付契約書住所氏名欄(甲第二一号証の四)の亡景雄の住所、氏名は、いずれも亡景雄の自書であるが(被告善三郎本人尋問の結果、鑑定の結果及び弁論の全趣旨)、これらと本件遺言書のそれぞれの筆跡を比較対照すると、本件遺言書と右各書類中の同一字画である、右事跡中の「地、清、重、良、子、字、年、台、番、」の各字、右事跡及び右約束手形中の行書体の「藤」の字、右事跡、右約束手形、右貯金払戻請求書及び右契約書住所氏名欄中の「斉、景」の各字、右の事跡、右約束手形及び右契約書住所氏名欄中の「気、仙、沼、岩、沢」の各字、右事跡、右貯金払戻請求書及び右契約書住所氏名欄中の草書体の「藤」の字、右約束手形及び右契約書住所氏名欄の「市」の字、以上の同一字画において字画構成、筆勢、運筆などに多くの共通性がみられる。(甲第二一号証の一ないし四、乙第一号証の一ないし四〇、第二号証の一ないし一三、第三号証及び鑑定の結果)
(5) 昭和五六年八月三〇日付の本件遺言書は、亡景雄の死亡後(昭和五八年一二月一〇日死亡)、約一か月後に亡景雄宅の手提金庫の中から昭和五六年八月一一日付の亡景雄の印鑑登録証明書と共に郵便封筒に入った状態で被告ケシに発見され、昭和五九年一月二三日に仙台家庭裁判所気仙沼支部において検認されたものであり、その物理的状態は同種のB五版罫紙四枚を合綴したもので、三枚目のカーボン紙による複写を除いて一枚目、二枚目、四枚目は黒色ボールペンで記載され、右印鑑登録された亡景雄の印鑑が亡景雄名下に押され、更に各葉毎の割印として押されている。(甲第九号証、乙第三、第四号証、被告善三郎及び被告ケシ各本人尋問の結果)
(6) 本件遺言によって亡景雄所有の土地を贈与されることとなった被告清重及び同良子は、原告を含めて亡景雄の長男らが亡景雄のもとを離れて跡継ぎがいなかったために、その跡継ぎとして、昭和五五年九月ころ、東京から亡景雄及び被告ケシのもとに移り住み、さらに被告清重は、同年一〇月三一日付で亡景雄及び被告ケシと養子縁組を結んでいる。(甲第八号証、乙第一号証の二六、二七、三〇、三四、三七及び被告善三郎本人尋問の結果)
以上の認定事実を総合すると、本件遺言書(一枚目ないし三枚目)は、そのすべてを亡景雄が自書したものと認められ、亡景雄の自筆証書ということができ、これと結論を異にする甲第二〇号証(原告提出の私的な鑑定書)は、筆跡対照文書がはがき一通(甲第二一号証の五)に限定されている上、筆跡対照以外の本件遺言書の形態的特徴だけから本件遺言書の作成者に作為欺罔の意思が存在していると即断するなど臆測や先入観念にとらわれ、筆跡鑑定の本来の姿勢から逸脱している傾向がみられ、採用することはできない。
なお、本件遺言書二枚目及び三枚目には、一枚目の草書体の「藤」の字と相違している行書体の「藤」の字が記載されているが、斉藤家の事跡(乙第一号証の四、五、二一、三四)や約束手形(乙第二号証の二、六、七)には行書体の「藤」の字も記載されており、亡景雄は右両用の書き方をしていることが認められるし、本件遺言書二枚目、三枚目の記載は、一枚目の遺言本文に対する目録と位置づけられるものであるから、「藤」の字の書体に相違があることをもって亡景雄の自書ではないとの疑いをいれる理由とはならない。又、本件遺言書二枚目及び三枚目に土地の面積の単位記号として「m2」の記載があり、これについて原告は、「父は尺貫法で生活してきており、m2というのはほとんど使っていないと思います。」と供述しているが、亡景雄がどのような状況においても「m2」の単位記号を使用しないとの事実を裏付ける証拠はなく、贈与する土地の表示を不動産登記簿謄本の表示どおりに記載したのであれば、「m2」の単位記号を記載しても何ら不可解ではないから、この点も亡景雄の自書ではないとの疑いをいれる理由とはならない。
なお、本件遺言書三枚目は、カーボン紙による複写であるが、その経緯は不明であるものの、これが偽造と結びつくような状況はうかがわれないし、右複写の筆跡が亡景雄のものであることは認められるところ、自書については記載する方法手段に特別の制限はなく、カーボン紙による複写は本人の筆跡が残り、その意思に基づく記載かどうかの判定は比較的容易であると考えられ、かつ、加除変更の危険も少ないと考えられるから、本件遺言書三枚目も亡景雄の自書にあたるということができる。
2. 次に、本件遺言は共同遺言であるか否かについて検討する。
(1) 本件遺言書四枚目は、被告ケシ名義の遺言となっているが、これと亡景雄の自書である本件遺言書一枚目の双方の筆跡を比較対照すると、その配字形態や字画構成が極めて類似しており、本件遺言書四枚目もそのすべてが亡景雄の自書である。(乙第三号証、被告善三郎及び被告ケシ各本人尋問の結果)
(2) 被告ケシは、本件遺言書の作成に全く関与せず、亡景雄が本件遺言書を作成したことを同人の死亡後まで知らなかった。(被告ケシ本人尋問の結果)
(3) 本件遺言の内容をみると、亡景雄名義の遺言は、亡景雄所有の土地を被告清重及び同良子に贈与するというもの、被告ケシ名義の遺言は、被告ケシ所有の土地を被告良子に贈与するというものであって、一方の遺言が他方の遺言によって効力が左右される関係にはなく、直接的な関連性はない。(乙第三号証)
(4) 本件遺言書は、一枚目ないし四枚目まで各葉毎に亡景雄の印鑑で割印されているが、四枚目は容易に切り離すことができ、切り離せば亡景雄名義の遺言書とは別個独立の被告ケシ名義の遺言書となりうる。(甲第九号証及び乙第三号証)
以上の認定事実によれば、本件遺言書には、形式的には一通の遺言書に二人の遺言がなされている形となっているが、実質的には亡景雄の単独の遺言であり、被告ケシ名義の遺言は無効で、亡景雄名義の遺言が有効に存在するにすぎず、遺言の内容においても、被告ケシ名義の遺言によって影響を受ける関係にはないから、共同遺言禁止の法意(共同遺言は、他の遺言者の意思によって制約を受けやすく、遺言者の自由意思を保障し難い、又、他方の遺言との関係においてその効力が問題となり、法律関係が混乱しやすいなどの理由から禁止されている。)に触れることはなく、したがって、本件遺言は、共同遺言にはあたらず、亡景雄の単独の遺言であるということができる。
三、結論
前記認定のとおり、本件遺言は、亡景雄が全文、日付、氏名を自書し、押印して作成した単独の自筆証書遺言であり、法定の方式を具備したものであるから有効である。
したがって、原告の本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、本文のとおり判決する。
遺言書目録
(一枚目)
遺言書
私所有の左記の土地を私死後
斉藤清重と妻良子に贈与します
遺言執行人を
気仙沼市字赤岩水梨子
斉藤政雄とします
昭和五十六年八月三十日
気仙沼市字岩月台ノ沢二〇
斉藤景雄
(二枚目)
気仙沼市字岩月台ノ沢
一八番の一 一、二八九m2
斉藤清重
気仙沼市字岩月台ノ沢
一八番の二 三六四m2
斉藤清重
気仙沼市字岩月台ノ沢
一八番の二 九九一m2
斉藤清重
気仙沼市字岩月台ノ沢
一九番の一 一六二m2
斉藤清重
気仙沼市字岩月台ノ沢
二〇番の一 九九m2
斉藤清重
(三枚目)
気仙沼市字最知北最知
四四番の一 一、六〇四m2
斉藤良子
一八六番 三四〇m2
斉藤良子
二三〇番の一 三九九m2
斉藤良子
気仙沼市字岩月星谷
三七番の二 一六五m2
斉藤良子
山林一五五の三 六九四m2
斉藤良子
(四枚目)
遺言書
私所有の左記の土地を私の死後
斉藤良子に贈与します
遺言執行人を
気仙沼市字赤岩水梨子
斉藤政雄とする
昭和五十六年八月三十日
気仙沼市字岩月台ノ沢二〇
斉藤ケシ
気仙沼市字最知森合二四ノ一番地
宅地 二三六・〇〇m2
斉藤良子
気仙沼市字最知森合二五ノ一番地
宅地 六二・〇m2
斉藤良子